ドールブログ「常初花」で15000を踏んでくださった銀ノ星さんのキリリクです。
北斗杯の直後の、ホテルでのヒカアキ。
原作ベースであるはずが、思い切り捏造が入っております(^^;
もう一つの秘密 (1)
気が付くと、ボクは一人で歩いていた。
少し湿り気を帯びた薄闇の中、ただひたすらに歩いていたのだった。
一体ここはどこだ?ボクは何をしているのだろう。
夢の中かと思いかけたところで、遠くに進藤がぽつんといるのが見えた。
周囲に大勢の人がいる気配がしたが、ボクの目に入るのは彼の姿だけ。
その後ろ姿を一心に見つめると、椅子に座った背中が大きく揺れて、彼は深くうなだれた。
どうしたのかと思った瞬間、ボクはもう彼の傍らに立っていて、
涙を流している横顔を茫然と眺めていたのだった。

進藤は泣いていた。大粒の涙がぽろぽろと、頬をこぼれ落ちていた。
…負けてしまったから?
それなら恥じることはない。
今日の敗北は明日の勝利に結びつく。そういう戦をキミは見せてくれたじゃないか。
遠い過去と遠い未来をつなげるために、キミは碁を打つのだろう?
ボクは進藤に声を掛けたかった。
もっと近寄って話し掛けようと思った。
だけどその瞬間に幻が現れて、ボクは動けなくなってしまったのだった。
…あれはこの世のものではない。
だってこの時代に、あんな姿をした人がいるわけないもの。

ボクには背中を向けている幻は、平安時代の絵巻物で見るような格好をしていた。
長く垂らした髪が女性のようでもあったけれど、顔を見ずとも男性であることは伝わってくる。
凛とした後ろ姿が美しく、雅でやさしい雰囲気に満ちていて、禍々しいところなど微塵もなかった。
でも安心してボクの気がゆるんだ隙に、その幻は進藤を抱き寄せると、
両袖でしっかり包み込んでしまったのだった。

何かから守るように。慈しむように。
……自分のものだと宣言するかのように。

愛しげに抱き締める幻に進藤は甘えて、くったりと身を委ねていた。
そんな二人の姿を目にして、なぜボクの胸はこんなにも痛むのだろう。

…そうか。
キミは彼のために碁を打っているんだね。
彼がいれば、ボクなんて必要ないんだ。
……ボクはこんなにもキミに焦がれているというのに。
二人の親密な様子にどうして心が乱れるのか。
…それは嫉妬だと気付いた途端に、ふっと幻は消えてしまった。

そして進藤はといえば、何かに気付いた様子もなく、
ただ涙を流し続けているのだった。

「行こう、進藤。これで終わりじゃない。終わりなどない」
平静を装って、すれ違いざまに掛けたボクの言葉は、
果たしてキミに届いたのだろうか?
いつもの扇子を握り締めて、キミはすっくと立ち上がった。
当たり前のようにボクの隣を歩くキミが、どんなに嬉しく誇らしいか、
きっとあの幻はわかってくれているに違いない。
表彰式が終わり北斗杯が終了すると、倉田さんがラーメンをご馳走してくれることになった。
悔し泣きしていた進藤を気遣ってくれたらしい。
社はすぐに帰らなければならなかったし、ボクはラーメンに興味はなかったけど、
倉田さんにおごってもらうなんて滅多にないことだし(ボクの分は自分で払えと最初は言われた)、
進藤とは少しでも長く一緒にいたかったから、喜んで申し出を受けたのだった。
社を見送った後、倉田さんはまだ事務的な仕事が残っていたので、
進藤とボクは近くの検討室で待つことになった。
他に人のいなくなった部屋はガランとしていたけど、
いくつも並んだ碁盤やモニター画面が、いやでも今日の対局を思い出させる。

高永夏に負けたとわかった瞬間、頭が真っ白になっちゃった。
悔しいし情けないし、さ。
でもそのときは笑顔だったんだぜ。
とにかく一人になるまでは、全部こらえようと思ってたのに、…
話してるうちに涙が止まらなくなって、結局、大泣きしちまってた。
……人前で、恥ずかしいよな。
絶対勝たなきゃいけなかったのに、あ〜あ、無様に負けちまうしさ。
塔矢、………
もう、席を立つ気力もなかったオレを、
また歩き出せるように奮い立たせてくれたのは、
塔矢、オマエの声だったんだ。
「ありがとう」
進藤の言葉が嬉しくて、ボクの口元はほころんでいたはずだ。
「あれは意味のない負けではなかっただろ?
今日の碁で、キミは大きく成長したはずだ」
そう言いながら、ふと、彼が手にしている扇子が気にかかった。
あの消えてしまった幻と、関係あるように思えてならなかったからだ。
それでつい、そちらに視線を向けると、
進藤はその扇子をボクに差し出してきたのだった。

「進藤…?」

「暑いんだろ?いいから使えよ」
「いや、…キミみたいな人が扇子を持ち歩くなんて不思議だなって思って、…」

「そっか。やっぱ不思議、かな?」
「うん…」
「……あのさ、いつかお前に話すかもって言ったこと、おぼえてる?」
「やっぱりこの扇子と、何か関係があるのか?」
「それはまだ言えない」
「……」
「だけどもう一つの秘密なら、教えてやってもいいぜ」
「他にもまだ秘密があったのか」
「うん。知りたい?」

話の流れのままに扇子を受け取ってしまうと、もう片方の手は進藤に握られて、
ボクは両手がふさがってしまった。
その機会を逃さず、顔をぐっと接近させてきた進藤にあごを固定されて、
何が起きているのかわからいまま彼の目を見つめた。

じりじりと椅子に押しつけられながら、
対局中でもないのに真剣な顔をひたすら見つめていると、
進藤はその体勢のままふと苦笑した。
「オマエ、このままじっとしてるとどうなるのかわかってる?」
「キミの秘密を教えてもらえるんだろ?」
「ああ。本当に塔矢が知りたいと思うならな」
「……知りたいね」

進藤はもう何も言わず、ボクをしっかりと抱き込んだ。
そのまま、ついに押し倒されてしまっても、
それでもボクは、彼の意図がわからず困惑していた。
彼の顔がますますアップになって、ボクの顔に近付いてくる。
一体、何をするつもりなのだろう…

「目、閉じろよ」
「え?」と問い返した瞬間に、もうボクの唇はふさがれていて、
うっすらと開いていた口の中へと、熱くて湿ったものが侵入してきた。

……キス、されているんだ。
ボクの唇を舐め、歯をなぞっているのは、これは、進藤の舌なんだ。
どうしてこんなことをされるのか、
そしてどうして自分は拒まないのか。
これのどこが彼の秘密なのか。
疑問が浮かんでは消えたけど、
何もかもが甘い唾液に溶けて、
すべてをボクは飲み干して、彼の胸にしがみついたのだった。
〜next〜