〜3〜



「何が安心して…だ」

まだ残る唇の感触に甘痛いものを感じながら、ぼくは二箇所に電話をかけた。

一箇所は最近研究会でよく顔を合わせるようになった年下の棋士で、彼が進藤とよく飲みに行っていることを知っていたからだ。

「こんにちは、ああ…うん。今日は六本木? そう。いや、今さっき進藤が出て行ったんだけど携帯を忘れて行ったみたいだから届けた方がいいかと思って。別に無くても大丈夫かな? むしろ無い方が好都合って? そう…彼がそう言っていたんだ。うん、わかった。それじゃ届けないけど、忘れたことを知られるのは嫌がると思うから、ぼくが電話したことは黙っていて」

電話を切ってすぐにもう一箇所に電話する。それは個人で店を持っているメイクアップアーティストで、まだ駆けだしなのでいつも暇なのだと言っていた。

案の定かけたら今日も予約は入っていないらしく、今からでもいつでもすぐにメイク出来ると言う。

「そうですか、実は今日若手で飲み会があるんですけれど、余興をやらなくちゃならなくなって」

女装して行かなければならないのだけれど何とかしてもらえないかと言ったら、受話器の向こうで相手は密かに笑った後『来たらすぐにやってあげる』と言ってくれた。

「それじゃ……ええ、着る物も全部お願いします」

とびっきりの美女にしてあげるからという言葉に半ば本気でよろしくお願いしますと答えて、ぼくは家を出たのだった。





メイクに三時間、六本木まで三十分。化けるのに思っていたよりも時間を費やしてしまったので、もしや場所を移しているかと不安だった。

けれど目的の店に着き、入ってすぐに奥の方に見慣れた顔が何人か見えてほっとした。

かなり出来上がってきているらしい赤ら顔の面々の中、進藤の隣には若い女性がぴったりと体を寄せて座っていて、それを見た途端体中の血が燃えたような気持ちになった。




(やっぱり…また…)

寄って来た店員にあそこの客と一緒だからと手で示して追払うと、まっすぐに彼らの方に歩く。

「進藤さんて…付き合っている人とかいないんですかぁ?」

騒がしい店内、ゆっくりと近づいて行くと唐突に彼の隣に居る女の声が耳に入った。

「えー? 何? なんで?」
「いないなら私、立候補しちゃおうかなって」

良かったらこの後二人だけで飲みませんかと誘っている彼女に進藤がまんざらでも無い顔で「いいけど」と答えたのを聞いた瞬間、頭の中で何かがぷつりと音をたてて切れた。





文:しょうこさん





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