4.黒いセーター少しおとなむけ
自分がアキラに欲情していると自覚してからというもの、
男同士の恋愛にアキラを巻き込んではいけないと、
ヒカルは自分の恋心を一生封印するつもりでいた。
アキラも自分を好きなのかも知れないと気付いてからも、
両想いかもしれないと浮かれる気分にはなれなかった。
気持ちを受け入れてはいけない、
絶対にはねのけなければいけないと固く心に決めていた。
だからヒカルは胸を引き裂かれるような痛みに耐えて、
さもアキラを軽蔑しているかのように顔をしかめながら
こう言い放った。
「ナニお前、ホモだったのかよ」
「そんなこと知らない!
僕は君以外に好きになった人なんていないのだから!
…だけどこんな気持ちになる人は
君以外には現れないと思うから、
君という男性しか愛せないという意味でなら、
確かに僕は同性愛者なのかも知れないな」
余りに率直な告白に、
アキラの気持ちを問いただしたことをヒカルは後悔していた。
そっとしておけば良かったのだ。
何も気付かない振りをして、
ヒカルの方から積極的に働きかけさえしなければ、
アキラは告白のきっかけをつかめないままに、
気持ちもいずれはうやむやになって冷めていったはずなのだ。
そうすれば、
自分の恋心も自然に立ち消えてくれたかも知れないのに。
アキラは碁以外のことに関しては
ぼうっと抜けていることが結構あるが、
自分の望みをかなえるためには
後先考えずに突っ走って来る激しさがあることを、
今さらながらにヒカルは思い出していた。
アキラにここまではっきり告白させてしまった今となっては、
ヒカルの方でよっぽどうまく方向転換してやらなければ
アキラを守り切れない。
こうなったら友情は取っておきたいなどと
悠長なことは言っていられない。
なりふり構っている場合ではないのだ。
でもアキラに常識論でぶつかっていっても、
鼻であしらわれるのがオチだろう。
下手をすればヒカルの方が丸め込まれかねない。
ここはやはり、アキラの恋心は錯覚だと思い込ませるか、
いっそのことヒカルに幻滅させてしまう方が
話は簡単かも知れない。
そう心を決めると、ヒカルは口を開いた。
「なに、塔矢。それじゃ今日、俺に泊まりに来いと言ったのは
誕生日のプレゼントに寝て欲しかったからなのか?
早々と布団を敷いたのはそういうわけだったのかよ」
「…僕は君と恋人ごっこを楽しみたかったわけではない。
今日、僕の気持ちを打ち明けようと決めていたわけでもない。
ただ少しでも長く君と一緒にいたかっただけだ。
でも遅かれ早かれ好きだと告げずにはいられなかったと思うよ。
…抑えようとしても気持ちが溢れだして来て…、
止まらないんだ」
「ふ〜ん、…
悪いけど俺は男のお前と恋人同士になることはできねえぜ。
やっぱ女の子の方がイイモン、俺!
…でもよく見たらお前、結構キレイだしさ、
お前が協力すれば女を抱いてるつもりにもなれそうだし。
せっかくの誕生日だもんな、一回くらい寝てやってもイイぜ」
アキラは不快そうな顔も見せず、
あごに指を当てて何事か考えている様子だったが、
しばらくすると口を開いた。
「君に脈がないのは残念だな。
でも一回だけでも寝てくれたらとても嬉しいよ。
何しろ僕は君しか好きになれそうにないから、
せっかくの申し出を断ってしまったら、
一生セックスを経験できないかも知れないものね」
アキラの口から飛び出した生々しい単語に
ヒカルは固まってしまった。
本当にコイツは塔矢アキラなのか?
…しかしここで負けているわけにはいかなかった。
「お前、本気?塔矢アキラファンが聞いたら嘆くぜ〜!
…まあいいや。それで、どっちがいいの?
上?下?
誕生日なんだからさ、好きな方を選んでいいぜ」
「…何のことを言っている…、
ああ、挿入したいのか、されたいのかということか?
…それなら僕はどちらでもいいよ。君が選べばいい」
ヒカルは焦った。
アキラは男同士の行為がどういうものなのか、
ちゃんとわかっているらしい。
このままではトントン拍子に話が進んで、
アキラと身体を重ねることになってしまう。
こうなったら徹底的に自分を軽蔑させるしかないと
ヒカルは必死になっていた。
「ウ〜ン、挿れられるのは痛そうだし、
脚を開いて男を上に乗せるっていうのも、なんか、屈辱?
そういうのはお前に任せるわ。
俺には忍耐は似合わないって!やっぱ俺、上ね!」
心にもないことを言ってアキラを傷つけているという思いで
ヒカルの胸は痛んでいるというのに、
アキラの方はうっすらと笑みを浮かべてヒカルを見ている。
その瞳が濡れていて、見つめていると吸い込まれそうになる。
ヒカルはあわててしゃべり続けた。
「だけどやっぱ、相手が男だと勃たねぇよなあ…
お前、ホントに俺に抱かれたいの?…
じゃあさ、女を抱いてるつもりにさせてよ。
女の振りして色っぽく誘惑してみたりとかしてさ〜!」
「キミはボクに女の服でも着てみせろと言っているのか?」
女物の服を着たアキラ、その姿を想像した途端、
倒錯的な欲望に襲われて
ヒカルは自分の分身が大きく膨れ上がるのを感じた。
マジでヤバい。
ヒカルは本心を必死で覆い隠して、ヤケになって言い返した。
「お前が女装したって勃つわけねえだろ!
その服でいいからさ、自分で脱いで、裸になってみせろよ。
でもただ脱げばいいってもんじゃねえんだぜ、塔矢。
ゆっくりとじらしながら、いやらし〜く脱いでみせなきゃ、
男のアソコを勃たせることはできないぜ」
プライドの高いアキラが
そんなストリップまがいのことを出来るはずもないし、
いいかげん自分にも愛想が尽きて、
恋だと思っていたのは錯覚だったのだとあきらめてくれるだろう、
とヒカルは期待していた。
ところがアキラは挑戦的な瞳でヒカルを睨みつけると、
黒いタートルネックの裾を左手でそっとつまみ、
ゆっくりと上に捲り上げて白い肌を晒し始めるではないか。
ヒカルは急いで止めさせようとしたものの、
視線が既に釘付けになってしまい、一言も発することはできなかった。
アキラは少しずつ面積を広げる肌の上に右手を滑らせて、
緩やかに円を描いてみせる。
指の間から覗く肌が艶めいて、ここに来いと誘いかけているようだ。
胸のすぐ下までセーターをたくし上げたところで、
アキラはいったん手を止めて、
両手で腹を覆うようにしてうつむいていたが、
やおら顔を昂然と上げると左手で更にセーターを捲って、
片方の胸を露出してみせた。
男のなんて見て楽しいはずもないのに、
淡い色に染まった蕾がゆっくりと顔をのぞかせると、
ヒカルは今にもアキラに飛びかかっていきそうになり、
そんな自分を抑えるのに必死になっていた。
そんなヒカルの状態を知ってか知らずか、
アキラは次にズボンのベルトを外しにかかった。
バックルが金属質の音を立てる。
アキラの長い指が微かに震えながらファスナーを下ろして行く。
そのためらいがちな音にもヒカルは興奮し、
息が荒くなるのを抑えるのに必死になった。
そこでアキラはふと壁の方に身体を向けてしまい、
こちらに背中を見せてズボンをおろし始めた。
ためらいが出るのか時々手が止まるのが痛ましくて、
でも堪らなく扇情的で、
彼からは見えないのを幸い、
ヒカルははちきれそうになって痛みすら訴える股間に手を当て、
何とか自分をなだめようと試みた。
しかしアキラのズボンがゆっくりと落ちて行き、
すらりとした脚が素肌を見せていく様に我慢がきかず、
なだめるどころか力一杯握りしめてしまい、
うめき声を立ててしまった。
『しまった!』と思った瞬間、
アキラはちらっと振り返ってヒカルを見た。
でも素知らぬ風でまた背中を向けると、
ズボンを脚から抜いて隅に放り投げてしまった。
アキラは相変わらず背中を向けたまま畳に腰を下ろし、
膝を折って脚を斜めに揃えると、靴下を脱ぎ始めた。
靴下を脱ぐ、そんな仕草一つとっても
アキラがやると上品に見えるのに感心してヒカルの気が弛んだ瞬間、
アキラは膝立ちになってブリーフに手を掛けた。
顔は見えないが相当緊張しているのだろう、
ビリビリと空気を震わせながら、ゆっくりと下ろし始める。
ヒカルは息を詰めて布地と肌との境目を目で追っていたが、
ついに腰の下の割れ目がちらっと覗くと
思わず小さく声を上げてしまった。
それを聞いてアキラは唐突に羞恥心に襲われたのか、
露出している肌をさっとピンク色に染めて、
下着に手を掛けたまま動かなくなってしまった。
ヒカルは溜め息をつくと、手近にあった毛布を取って、
アキラの背後から身体をくるんでやった。
「塔矢…、お前どうしてこんなことまでして…
意地を張るのも程ほどにしろよな…
お前どうしてそんなにまでして俺と寝たいんだ?」
アキラはこちらを向き直ると、目に強い光を込めて言った。
「進藤、僕は君が欲しい。どんなことをしても手に入れたいんだ。
…肌を見せるために人前で服を脱いだことなんてなかったから、
つい恥ずかしくなってしまったが、もう大丈夫だ。
覚悟は出来ている。最後までやり通してみせるから、
少しでもその気になってもらえたなら、…今夜だけ、……」
「お前、わかってないだろ。
俺、一度お前を抱いちまったらもう放さないぜ。
一晩だけなんていうのは無理な相談なんだよ。
だからそういう関係になってしまったら最後、
お前は普通の恋愛も結婚も出来なくなるんだ。
そんなのお前には似合わないよ」
「おかしいじゃないか。
君は僕を好きなわけではないんだろう?
誕生日のプレゼントに特別に寝てくれるんじゃなかったのか?」
アキラの真摯な瞳をみつめていると、もう隠し通すことはできなかった。
ヒカルは自分の意志の弱さを嘆きながら、
本心を打ち明けることに決めたのだった。
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