3.白い指先





           12月のある日、アキラはヒカルを呼び止めると、
           自分の誕生日に泊まりがけで打ちに来ないかと誘った。

           アキラの両親は相変わらず海外で、年末まで帰国しない。
           ヒカルはアキラに誘われる前から
           彼の誕生日が近いことを意識していたので、
           12月中旬にはなるべく予定を入れないように気をつけていた。

           当日もその翌日もお互いに自由の身であることを確認すると、
           アキラは嬉しそうな笑顔を向けてきた。

           アキラが都合を訊ねてきた時に見せた
           何かに縋るような心細げな表情と、
           「もちろん行くぜ」と答えた時の花が咲いたような笑顔…

           その表情から、
           ヒカルはアキラの謎めいた視線の意味するものが何であるのか、
           おぼろげに理解し始めていた。


           誕生日の当日、ヒカルは午前中からアキラの家を訪れて、
           文字通り囲碁三昧で時を過ごした。

           いつの間にか日も暮れたので、
           気分転換も兼ねて二人で台所に立ち、
           いい加減に料理したものを並べて夕食を終えると、
           腹ごなしの一局の後でそれぞれに風呂を済ませた。

           夜も更けてくると広い家はなかなか暖まらないので、
           戸締まりを確かめると二人はアキラの部屋に場所を移し、
           いつ寝てしまっても構わないようにと
           碁盤の傍らに布団も敷いて準備万端整えてから、
           本格的な徹夜碁に突入した。

           合宿を懐かしんで早碁を何局か打っている内に深夜になり、
           ぶっ続けの対局で意識も朦朧とし始めたヒカルは、
           そろそろ横になりたくなった。

           終局して石を片付けながら、
           「ちょっと休もう…」と言いかけた時、
           互いの小指と小指が微かに触れ合った。

           そんなことはよくあることなのに、その瞬間、
           アキラは驚いたように全身をビクンと震わせて、
           盤面を見つめて伏せていた瞳をヒカルにゆっくりと向けてきた。

           そこにあったのは物狂おしげな光だった。
           今まではたまに一瞬覗かせるだけで隠されていた、
           欲望を湛えた光を瞳に宿して、
           アキラはヒカルをじっと見つめている。

           そんなアキラの様子に動揺して、
           すっかり眠気も覚めたヒカルの心臓は大きく一回跳ねると、
           そのまま猛スピードで動悸を打ち始めた。

          『…何か、何か言わなくちゃ…!
           そ、そうだ、今だ、今こそ塔矢の気持ちを確かめるんだ…!』

           一気に頬を赤らめながら、ヒカルは思い切って口を開いた。

          「お前、この間から何か言いたそうな目をして俺のこと、見てただろ。
           自分じゃ気付いてねえみたいだったから知らんぷりしてやってたけど、
           ずっと気になってたんだぜ…
           この際だ、一体どういうつもりなのか、はっきり言えよ!」

           ぶっきらぼうにこう言い放った後、
           口をしっかりと結んで黙ったヒカルを見つめて、
           アキラは真面目な顔でゆっくりと話し始めた。

          「進藤、…。僕は君のことが好きなんだ……」

          「…好きって、…いつから……?」

          「きっとずっと前から……
           自分の気持ちに気付いたのはつい最近のことだ。
           そのまま知らずにいたら、
           …あるいは上手にしまい込んで忘れてしまえれば、
           君も僕自身も困らずにすんだのだろうけど、
           いったん好きだとわかったら気持ちが溢れだして止まらなくて…
           君に嫌われて友情まで壊れてしまったらと思うと怖くて、
           隠しておこうと思っていたのに、…
           結局は隠しきれずにこぼれてしまっていたんだな…」

          『やっぱりそうだったんだ…!』

           ヒカルの心に熱いものが込み上げてきて、
           すぐにもアキラの手を取って

          「お前が好きだ!」

           と告げたくてたまらなくなった。

           …しかしそうはしなかった。
           ヒカルは塔矢家を訪ねる前から、
           たとえアキラが自分を好きだとわかっても
           その気持ちを拒むつもりでいたし、
           自分がアキラを欲しいと思っていることも
           隠すことに決めていたからだった。




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          少しおとなむけ