秋の日に恋を知り・・・  










           
1.金色の雨





           透き通った水色の空が広がる秋のある日、塔矢アキラは母の代理で、
           郊外に住む親戚の家へ祝いの品を届けに出かけた。

           午前中に訪問し、勧められるままに昼食を共にした後、
           駅まで車で送るという申し出を丁寧に辞して、
           今は昼下がりの散歩をゆっくりと楽しんでいるところだった。

           この辺りは幼い頃、何度か歩き回ったことがあった。
           見覚えのある塀や庭が目に飛び込んでくる度に
           懐かしさで胸を締め付けられながら、
           アキラは穏やかな微笑を浮かべて、一人、歩いていた。

           かつては畑や空き地だった所もいつの間にか家が建ち並び、
           角を曲がった途端に見知らぬ景色が広がって戸惑うこともあったが、
           それはそれでちょっとした冒険をしているようで、
           気分は浮き立っていた。

           駅の方角は頭に入れてあったので、
           四つ角に出る度に大体の見当をつけて進む道を選んで行く、
           ……こんな風に自由に、
           時には迷って遠回りしながら歩くのもアキラは好きだった。

           このところ仕事が詰まっている上、少しでも時間が空けば、
           詰め碁の一つでも棋譜の検討でもと、
           時間を無駄にしないように過ごしてしまう性分なので、
           心身ともにゆとりがなくなっていた。

           その反動か、今日は何も考えずにのんびりと過ごしたくて、
           行き当たりばったりに歩みを進めながら、
           久しぶりの開放感を味わっているのだった。

           今歩いているあたりは雑木林を擁する公園が延々と続いていて、
           道路沿いに鬱そうとした木々が見えていた。
           所々に遊歩道の入り口があり、
           曲がりくねった先が緑の中に消えているのが見て取れた。

           気の向くままにそうした小道の一本に足を踏み入れてみると、
           石畳に響く革靴のコツコツという音は
           やがて散り積もった落ち葉に吸い込まれ、
           短い階段を降りると間もなく小さな空き地が目の前に現れた。

           ベンチが幾つか置かれているところを見ると公園の一角らしいが、
           なるべく人の手を入れないで自然な趣を残そうとしているのか、
           周囲を囲っている木々は枝を好き放題に伸ばして、
           地面には落ち葉が厚く積もっていた。

           時間帯の関係か、あたりはシンと静まり返っていた。
           そしてアキラの目は、一本の木に吸い寄せられていった。



           背は高くはないが枝振りに勢いがあり、
           かといって野放図なわけでもなく、
           そこはかとない気品を感じさせる木だった。
           幹にはどうしてついたのか、縦に長い傷ができていたが、
           今はもうふさがっている。

           黄色く色づいた小さな葉が日の光を受けてきらめきながら、
           枝からとめどなく舞い散っていた。
           その黄金色の輝きが進藤ヒカルの前髪を思い出させて、
           何故か胸がときめく。

           そんな自分の心の動きをいぶかしみながら、
           アキラはその木の真下に歩みを進めて、
           金色の雨が頭上から降り続けるのを飽かず眺めているのだった。



                 * * * * * * * * * *



           どこかで鳥の飛び立つ音がして、アキラは物思いから覚めた。

           自分は何をしていたのだろうと記憶を辿ってみようとしたが、
           思い出されるのはヒカルの面影ばかり。
           気付いてみるといつの間にか自分の心は彼のことでいっぱいで、
           心臓が早鐘のように打っている。

           その顔や声をはっきりと思い浮かべてみると
           一際強くドクンと動悸が打ち、
           涙がみるみる溢れてきて胸が熱くなった。

           苦しさの余りその場にうずくまり、
           相変わらず自分の頭上から降り注ぐ黄金のシャワーを浴びながら、
           アキラは初めて経験する胸の痛みに耐えていた。

           その心の奥底では今まで眠らされていた感情が目を醒まし、
           封印を破ってぐんぐんと育ち始め、
           …こうして唐突にアキラは自分が恋していることを自覚したのだ。



           「…そうか、僕は進藤が好きだったんだ……」



           思わず声に出してこう呟くと、ざわめいていた心は落ち着きを取り戻し、
           全身が穏やかな、暖かいもので満たされたように感じた。



                 * * * * * * * * * *



           最初の北斗杯がきっかけでヒカルとアキラは急速に親密さを増していき、
           碁会所や棋院だけでなく互いの家にも行き来して、
           暇さえあれば顔を合わせ碁を打ち合う仲となっていた。

           そんな理想的な関係をせっかく現実のものとしたのに、
           いったん自分の気持ちに気付いてしまうと
           心が燃え立つのはあっという間で、
           ヒカルのことを思い浮かべるだけでアキラの心は波立ち、
           今にも手を伸ばしてかき抱き、
           唇を押しつけたい衝動に駆られるようになっていた。

           降って湧いた恋心のせいで、
           今ある喜びと満足感を失うのが怖くて、
           アキラは努めてライバル・友人としての関係を崩さないようにと
           自分を律していた。

           しかし基本的にはおっとりした性格をしている反面、
           自分が手に入れたいと思ったものには猛進する性質なので、
           ふとした時に想いが瞳に浮かんでしまうのも、
           仕方のないことだったのだろう。




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