夜桜





  
夕暮れが近づくと、父も母も、
門下の人たちと恒例の夜桜見物に出掛けてしまった。

見事な桜が咲くので有名な料亭で、
父の後援会の主催で宴が開かれる慣わしなのだ。

僕も招かれていたけれど、風邪気味だからと断ってしまった。
もともと大人向けの宴席だから、あまり居心地は良くない。
僕が行かないものだから、進藤も思惑通り、家に残ることになった。

「君はせっかくだから行っておいでよ。
僕は熱っぽいから留守番するけど、
ご馳走がたくさん出るよ」

「ちぇっ、お前がいなくちゃつまらないじゃん。
振袖なんか着せられて疲れちゃったし」

「じゃあ、脱ぐのを手伝うから早く帰って休みなよ」

「ううん。面白いからもうしばらく着てる。
その代わり、お前もその格好でいてくれよな」

「僕は慣れてるから別にいいけど・・・」

「あっ、でもお前、熱があるんだったよな。
やっぱり着替えて横になる?
なあ、看病してやるからしばらくいてもいい?」

「いつまでもいると片付けも手伝わされるよ?」

「いいって!それより早く寝ろよ。
片付けは適当に俺がやっとくから」

進藤が僕の着物を引っ張って脱がせ始めたので、
あわてて帯をゆるめながら思わず本音がこぼれてしまった。

「・・・風邪気味だっていうのは嘘だよ」
「え・・・?」
「君と二人きりになりたかったから」

そう言ったとたんに進藤は泣きそうな顔をした。
朱色の振袖がよく似合うなぁ、とみとれている隙に押し倒され、
絡み合った視線の熱さに胸が疼いた。

「二人きりで何をしたい?碁を打つ積もりだったん?」

「わからない。ただ、一緒にいたかっただけだ」

「じゃあ、俺の言うこと聞いて」

「・・・うん。君は何をしたいんだい?」

「キスしたい。ダメならちゃんと抵抗しろよ」

本気で抗うことなんて出来なかった。
それどころか手足の力が抜けてしまって、
指を動かすことすら無理だった。

僕は目を閉じることすらかなわずに、
進藤の柔らかな唇の愛撫を受け入れていた。

その間、桜は白く光りながら花びらを散らし続けて、
重なり合った僕たちの上に少しずつ降り積もっていったのだった。


















 
ふと気がつくと進藤のキスは深いものになっていて、
僕がぼんやりしている間に胸元から入り込んだ手が、
襦袢の合わせ目をさんざんに乱していた。

唇は首筋から鎖骨へと移動して、いつの間にか、
露わにされた片胸の先端をついばみ始めている。

自然に呼吸が荒くなり、
思わず自分が上げた声に驚いて正気に戻った。

進藤はもう夢中になって、僕の肌にむしゃぶりついている。
・・・やめさせなければ。
まだ、こんなことまで許してはいけない。

僕があわてて肩を押すと、
彼は苛立った様子で体重をかけてのしかかってきた。

一瞬、視線と視線が絡まり合って、
澄んだ瞳の真剣さとその奥に渦巻く情欲の炎に
僕は射すくめられて、・・・

手近の紐で縛められて、
あっという間に動きを封じられてしまう。

そのまま桜の枝に繋がれて、
僕は早々に抵抗をあきらめてしまった。

彼はどこまで僕を連れて行く気なんだろう。
――――― もう、戻れない。

僕は思わず後ろを振り返ったけど、
そこには
桜が静かに舞う薄闇が広がっているだけだった。