●○●月、照らす夜●○●





                         飛高 海瑠











月の美しい夜だった。

「塔矢。」

アキラは窓辺に腰掛け、何をするでもなくそこにいた。

部屋の中は暗い。もう夜の9時を回るというのに、アキラは明かりをつけようとはしない。

「塔矢?……電気、点けるぞ。」

「点けないで。」

スイッチにかけようとしていたヒカルの手が止まる。

「どうしたんだよ?いつもは目が悪くなるからって、すぐ点けさせるのに。」

「別に。ただ月がきれいだなって思ったから。」

明かりがないほうが、月明かりがきれいだろう?

アキラはそう言っているのだ。ヒカルはなにを言うでもなくそのまま隣に座り、アキラとともに月を眺めた。








数年前。年が明けてあっという間にひと月が去り、もうすぐまたひとつの月が去ろうかという頃。

進藤ヒカルと塔矢アキラは同居を始めた。

どちらから言い出したわけでもない。もちろんこのことは棋院にも届けを出している。

理由を聞いても双方とも「ただ、なんとなく。いろいろと都合がよかったから。」。そう答えるだけだった。

別に第三者から見ても変わった点は特にない。

時間を合わせて一緒に帰ることもなく、約束を取り合わせて一緒に食事に行くでもなく。

一時期、恋愛関係にあるのではないかと言ううわさも流れたが、そういう確証もなく、同居が二人の打つ碁に悪影響をおよぼしているとも思えない。

ただ帰る場所が同じだというだけ。

そういう風にしか受け取ることが出来ない以上、棋院側としてはこれ以上プライベートなことに口出しをすることは出来なかった。




塔矢と同居を始めたのは今から4年前。北斗杯に出場した最後の年だった。

その年は塔矢が本因坊の挑戦者となり北斗杯に出られなかったため、俺が韓国戦、中国戦ともに大将をつとめた。

まぁ、仮に塔矢が出ていたとしてもオレが大将をやるつもりだったけど。

塔矢のタイトル争いは七戦目までもつれ込んだ。

タイトルホルダーとして上座に座っていたのは緒方先生。

桑原先生がその一年前に体調不良を理由として引退し、挑戦者の緒方さんがタイトルを保持する形となったからだ。

塔矢が始めて本因坊リーグに入ったときも、緒方さんとやった。

そのときよりはさらにいい勝負になった。オレも棋譜を七局全部見たし、塔矢と2人で検討もしたからそれは自信を持って言える。

しかしタイトルを取るにはいたらなかった。

それまでの6局はもちろん3勝3敗で勝ったものは中押しが二つと4目半勝ちがひとつ。最終局は最後まで半目が2人の間でゆれていた。

結果は緒方先生の一目半勝ち。

その日の夕飯は珍しく塔矢に誘われて二人で食いに行った。

対局が終わった後の取材では、

「また精進して、次期に雪辱しますよ。」

なんて笑顔で答えていたのに。

そのときの塔矢は、人目も気にせず涙した。

棋院から離れていたレストランだったから、関係者は一人もいなかったことは幸いだった。

なんたって、塔矢だ。

塔矢といえばまじめで、ポーカーフェイスで感情を表にあまり出さなくて、クールな囲碁界の王子様。

そんな塔矢が人目を気にせずに泣いているところを棋院の記者にでも見られたら、間違いなく大きく取り上げられてしまうだろう。

きっとそうなったら塔矢は意地を張ってまたウソの笑顔を作るんだ。

でもそれは塔矢にとって大きな負担にしかならないような気がする。

塔矢は店を出るまでずっと泣き続けた。

オレはその間、隣に座ってあいつの頭をなでてやるくらいしか出来なかった。だって、塔矢が泣いてるところなんて始めてみたし。

それに、あまりにもきれいだったんだ。

それで変に声をかけたりするとこわれちゃいそうで。

そのときふっと思って、そのまま塔矢をオレのマンションまで連れて行ったんだ。

無性にこいつを独りにしちゃいけないって思った。

塔矢が佐為を失ったときのオレに重なったってのもあるかもしれない。

でも多分、このときはもうすでに、こいつのことがめちゃくちゃに愛しかったのかもしれない。

それでそのままひとり暮らしじゃなくて、塔矢と二人暮しをすることになったんだ。








時計はもうすぐ10時を回る。部屋の中は、まだ暗いままだ。

「月って。」

アキラがフウッと息をつく。

「月って、こんなに遠かったかな。」

ヒカルはアキラの手をそっと握った。

しかし、握ったとたんに触れてはいけないものに触れてしまった気がして、あわてて手を引っ込める。

アキラはそれを見てくすくすと笑っている。

「べっ、別にさ。遠くたっていいんじゃね?近くで見たら見られるようなものじゃなくても、遠くから見るからきれいなものとかあるじゃん。」

「へぇ。」

心地よい静けさがふたりを包み込む。その静けさを壊さないように、ヒカルは後ろからそっとアキラを抱きしめた。

「ま、おまえの場合は違うけどさ。」

「僕は遠くからだと、醜いのかい?」

「そうじゃないけど…。なんつーか、近寄り難いって言うか…。」

ヒカルはアキラから身体を離した。アキラが、少しさびしそうな表情を見せる。

「とにかく、おまえは近くからでも遠くからでも見ていてきれいなの!かわいいの!」

ヒカルはそういうと自分の唇でアキラのそれをふさいだ。

「……そんな顔されると、守ってやりたくなっちゃうじゃん。」

「君になら守られてもいいって、たまに思うんだ。」

アキラはヒカルにキスを与える。

「たまにかよ。」

「僕だって男だからね。そのぐらいのプライドはあるさ。」

アキラがふぅーっと息をついた。

「なんか今日は疲れた。」

「おまえの対局すごかったよな。」

「キミと社君の対局みたいだったよ。初めての北斗杯のときのやつ。」

「あれかぁ。あの対局は今思い出してもしびれるぜ。」

アキラがヒカルにコテンと寄りかかる。ヒカルは抱きしめるその腕に、少しだけ力を加えた。

「ね、マッサージして?僕、肩がこった。」

「なんだよ、いい感じで月眺めてんのに。」

「いいじゃないか。いつもはもっと甘えろって言うんだから。」

ヒカルがふふっと笑いながら、少し身体を離す。手をアキラの肩に乗せ、ゆっくりと動かし始めた。

「なんだ。意外とうまいな。」

「下手だと思ってたんだ?」

「うん。だから下手すぎるって罵ってやるつもりだった。」

「このやろぉ。」

心地よさに目を閉じる。意外と巧みに動くその手は、ちょうどいい具合に暖かかった。

「コレでいるのが縁側だったら、オレらじーさんみてぇじゃん。」

「そうだけど、それもよくないか?未来の暗示みたいで。」

「2人で年取って、縁側でのんびりしてる予想図みたいってか?」

「うん。本当にそうするつもりだから、予想図じゃなくて予定図だけど。」

ヒカルの手が、腕まで伸びる。後ろから密着するようにして、腕全体を揉みほぐす。指一本一本まで丁寧にほぐしていった。

「ついでに全身してやろうか?」

手を休めることなくかけられた言葉に、アキラは無言でうなずいた。

促されてベッドに行き、うつぶせに寝転ぶ。ヒカルも一緒に上る。スプリングが軋んだ。

肩から始まり、背中、腰、足と、順番に下りていく。腰はことさら丁寧だった。

ヒカルが、いつもおまえの腰に負担かけてるからなとか言うものだから、蹴飛ばしてやろうかとも思ったが、気持ちよかったからやめた。

半分眠りかかるが、不意に足の指が温かいものに包まれ目が覚める。

「何をしているんだ。」

「何って、マッサージ。気持ちいいだろ?おまえここをこうやってマッサージされるの好きだし。」

「僕は、それをマッサージと呼ぶかどうかが疑問なんだ。」

「いいの、マッサージで。今夜は全身とろとろにほぐれるまでマッサージしてやるから。」

ヒカルの手が背中から入り込みアキラの素肌をそっとなでる。それだけでアキラは身体を震わせた。

「今日はおまえが誘ったんだからな。」

アキラを仰向けにさせながらヒカルがふざけたように言う。

「いつ?」

「『マッサージして』と、全身しようか聞いたとき、拒否しなかったこと。」

ヒカルが耳元でささやきながら、アキラのシャツをたくし上げた。

「僕がそういうことを言わなくても、どうせキミは僕を食べるんだろ?」

「あたり…。」

「あっ……。」

アキラの胸にある赤い実をひとつ、ヒカルは口に含んだ。舌で先っぽをそっとなでる。もうひとつの実もそっと指でなでた。

胸に赤いしるしを散らす。ヒカルはそのしるしをうなじの辺りにもひとつつけた。

「だめだろ、そんなとこ…。人に見られる。」

「大丈夫だって、髪で隠れるから。」

そういって、耳たぶをついばむ。アキラは思わず声を上げた。

「やっぱ塔矢って、耳、弱いのな。」

アキラが顔を赤らめるが、その間にもヒカルの手がアキラのベルトにかかった。

「こっちもマッサージしてやらないと、かわいそうだ。」

止めるまもなく下着とともに剥ぎ取られる。ヒカルはアキラの足のほうに移動した。

「そんなっ、進藤っ、そこはっ…。」

ヒカルが何をしようとしているのか気付いたアキラは、慌てて足を閉じようとした。

しかし、間に入ってきたヒカルの手が簡単にまた開かせてしまう。

こんなときだけやけに力が抜けてしまう自分がいることに顔が赤くなるのがわかった。

ヒカルに見られるとなおだ。ヒカルもそれに気付いている。

気付きながらもここで強引にことを進めようとせずわざわざ一度止めるのだ。

そして妙に艶っぽい表情でアキラを下から眺め回す。

「イヤ…?」

「いや、じゃないけど…でも!」

「イヤじゃないんだったら、いいじゃん。」

ヒカルの手がそっとアキラの中心を包んだ。そしてゆっくりと扱きはじめる。

「あっ…ふっ…しんっどう…はぁっ…」

「ほら、おまえだってもうきらきらしてきてる。じゃあ、口でマッサージしてやろうっと。」

ヒカルはアキラの足の間に顔をうずめた。

「あっ…はぁっ……んんっ…」

アキラ自身が暖かいものに包まれた。ヒカルは優しくマッサージする。

静かな部屋にアキラの声が響く。ヒカルはわざと卑猥な音を立ててマッサージを続けた。

「ん…進藤…もうだめ…あっ……はなしてぇ…。」

ヒカルは口をはなさない。

この空間に、理性なんて言葉はなかった。

ヒカルは自分の口内で、アキラがドクドクッと脈打つのを感じた。

直後、アキラはヒカルの口の中に欲望を解き放った。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



あの後、オレ達は互いに溺れた。

なぜかはわからないけどいつにも増して塔矢が積極的で、涙目で懇願するもんだからオレの理性が完全に飛んでしまって大変だった。

塔矢は疲れたのか、今は服も着ないでそのまま隣で眠っている。

せっかくマッサージで、疲れをとった後だったのにと少し後悔した。

でも、その寝顔はすっげえかわいい。思わず額にキスする。

昔の塔矢もきれいだった。

今の塔矢もすっごくきれいだ。

でも4年前と違って、壊れてしまいそうな危うさはない。

あのときのような孤独さは、今の塔矢にはない。

だけど俺は、塔矢を守りたいと思う。

特にこんな月のきれいな夜は、強く、強くそう思うんだ。

なんだか二人で月を眺めてたりすると、あいつがかぐや姫なんじゃないかって思える。

そんなときは、ただあいつを抱きしめる。

遠くへ行かないで。

オレを隣において。

オレにおまえを守らせて。

そう願って抱きしめる。

そうするとあいつは、まるで小鳥が優しくついばむようなキスをくれる。

「わかってるよ。」

とでも言いたげに。

そんなときがめちゃくちゃ幸せなんだ。オレ。

だから今日も月を見て思う。そして願う。



いつまでも、こいつの隣にいさせて。






●○●end●○●










後書き


3月末のチャットで、ヒカアキでマッサージという話になったときから温めていた話です。今回、めるじさんのありがたいお言葉に甘えさせていただくことになり、一度洗い直しました。

「マッサージしてよ」
という台詞が、どうしても誘っているようにしか聞こえなくなってしまい(笑)こんな話になってしまいました。
でも、ヒカルがそうこじつけただけでアキラは誘ってませんね(-_-;)誘わせたかったのに ~

碁関連のことは、イメージで書いているので、おかしなところはお見逃しくださいますようm(__)m

足りないとこいっぱいのお話でしたが、最後まで読んでくださったあなたに、両手一杯の感謝を…v







Rhapsody」の飛高 海瑠さんから頂戴しましたv

飛高さんからサイト開設のお祝いコメントをいただいたとき、当時はまだサイトを持ってらっしゃらなくて、マッサージのお話を書いているけど発表の場がないとおっしゃっていたのが発端で、この作品をうちで預からせていただくことになりました^^

どんなお話だろうとドキドキしながら待っていたのですが、原稿を読ませていただいて、その完成度の高さに驚きました!
美しくロマンチックな情景、清潔感のあるお色気、そしてヒカルがアキラに注ぐ深い愛情…
どこをとっても飛高さんの、ヒカアキへの熱い想いが溢れています!

飛高さん、この度は大切な作品を預けてくださってどうもありがとうございましたv
こんなチャーミングなお話をサイトに置かせていただけて、本当に幸せです^^


ところでこのお話には、飛高さんが描かれたイラストもございます。
どうぞこちらからご覧くださいませ^^


追記:海瑠さんのサイト「Rhapsody」は2009年3月14日に閉鎖されましたが、小説は次のサイトさまで読ませていただくことが出来ます。

うひょうへ」(管理人 卯兵さま)
BLOODY UTOPIA」(管理人 飛高依舞さま)