花 灯 り
                           












       




















それは、近衛が久しぶりに賀茂の屋敷を訪ねて、ひとしきり碁を打った後のことだった。



すっかり日が暮れて外は闇だというのに、月の淡い光を受けて、庭の桜だけがぼうっと浮かんで見えていた。
白い花びらがちらちらと舞い落ちる様を眺めながら、近衛がはぁ〜っとため息をつくのを見とがめて、賀茂は微かに眉を寄せながら問いかけた。

「どうした、何か心配事でもあるのか?」

「べっつに〜。ただ、ここんとこ忙しかっただろ?なかなかお前の顔を見ることもできなかったし、こうやってゆっくり過ごすのも本当に久しぶりだなぁって思ったら、なんかため息が出ちまったんだよ。それだけ…」

「ふうん、僕はまた、君にいい人でも出来てそちらに入り浸りなのかと思っていたよ」

「そんなのいねぇよ。俺はお前と二人っきりで、こうして打ってるのが一番楽しいんだってば」

賀茂はそんな告白じみた言葉を聞いても表情を和らげることもなく、つと立って碁盤を回り込むと、近衛の傍に膝をついた。
そして黙って肩のあたりに手を伸ばすと、そのままじっと動かなくなった。

賀茂が手をかざしているあたりの肌がぽうっと温かくなって、そこからじわじわと熱が広がり、気持ちがよくてうっとりしてくる。
でもすぐ横に、密かに想いを寄せる相手の白い顔があるのが落ち着かなくて、近衛がもじもじしかけたとき、ふと賀茂の指先が、首の剥き出しになった肌に触れたのだった。

その途端、指の先からびりっと白い稲妻が走り、近衛は体のあちこちに、真っ赤に焼けた炭でも押し当てられたような痛みを感じた。

「う、うわっ!あちっ!!賀茂、お前、一体何やったんだよ!!」

「あっ…!す、すまない、ついうっかり……。気分はどうだ?まだ痛むか?」

「きっ、気分?わ、わ、悪くはねえけど」

「そう?」

「っていうか、……あ、あれ?なんか、すっきりしてる…?」

「このところ忙しかったんだろ?疲れて気の流れが滞っていたんだよ」

「…それをお前が治してくれたんだ?」

「うん、まあ…」

「ありがと。お前、こんな治療も出来るのか」

「治療というほどのものではないよ」

「だけどさぁ、確かに効き目はあるけど、こんな痛いんじゃ文句言われたりしねえの?」

「…いや、君の場合は単なる疲労で、一晩ゆっくり眠れば元気になる程度のものだったから、本当は直に触れたりしてはいけなかったんだ。僕の力は強すぎるからね。…それなのについ、気づいたら触ってしまっていて。痛い思いをさせてすまなかった」


賀茂がいつになく動揺して、目元を微かに紅くしているのを近衛は興味深く観察した。


「…そっかぁ。でも、一晩かかるはずを一瞬で治すなんて、やっぱお前すげえよ」

「別に僕が特別なわけではなくて、誰にでも癒す力はあるんだよ。例えば母親が子どもの体に手を当てると、痛みが和らいだり傷が早く治ったりするだろ?それは慈しむ気持ちが強いからだよ」

「へぇ〜。じゃあ、俺でも出来るかな?」

「もちろん。君が相手のことを深く想えば想うほど、癒しの効果も大きくなるはずだ」

「よ〜し!それじゃ試させて?」

「え?」

賀茂が身をかわす暇も与えず、その額に近衛はさっと手のひらを向けると、何事かを念じ始めた。
瞬きも忘れて間近から見つめ合う目と目に映るのは、ひたむきな琥珀色の眼差しと、戸惑いの色を宿した漆黒の瞳。

やがて手のひらは吸い寄せられるように額に近づき、ついにぴったりと押し当てられて、その刹那、賀茂は黄金色の輝きに包まれ、眩しさに目を閉じたのだった。

近衛の指先からは賀茂への想いがとめどなく溢れ出て、それを一身に受ける賀茂の全身に回って毒薬のように痺れさせ、その動きを封じていた。

だから、何か気配を感じた賀茂がうっすらと目を開き、近衛が顔を傾けて口づけようとしているのに気がついても、押しのけることも避けることもかなわずに、…
唇から唇へと伝わる熱に身も心も芯から温められて、相手のなすがままに素直にその身を委ねたのだった。








近衛は執拗に賀茂に触れた。
衣のあらゆる隙間から手を差し入れて、単の上から冷えた肌を求めては、布越しに自分の体温を移して温めた。
賀茂はそうされて初めて、自分がどれだけ熱に飢えていたかを知って愕然としたのだった。

そうこうするうちに、まとっていた衣は次々と紐がほどけて、いつの間にか狩衣も袴も脱がされてしまっている。
真っ白な単姿の賀茂に近衛はひときわ熱い視線を送り、さらに熱心に撫でさすった。

近衛の手はひどく熱くて、やがて賀茂の肌は汗にまみれ、まとっていた着物がしっとりと湿り始めた。
薄い布は何となく透けてきて、少年の体の薄く色づいた部分を浮かび上がらせている。

それに気づいた近衛が息をのみ、もっとよく見ようと前屈みになった拍子に、ちょうど身を起こしかけた賀茂と互いの烏帽子がぶつかって、気まずい沈黙が生まれた。

「…いい?」

「何が」と問う暇もなく、賀茂の烏帽子はさっと取り払われて、おかっぱ髪が露わにされた。
その恥ずかしさに袖で頭と顔とを隠して身をよじれば、近衛はここぞとばかりに深く賀茂を抱き込み、単の中に手を差し入れて思うさま素肌をまさぐる。

でもそれはあくまでも、賀茂の体を癒すため。
冷たい肌に手のひらを押しつけては温め、固くこわばっているところがあれば、やわらかく揉んでほぐした。

人にこんな風に触れられたことなどなくて、賀茂は戸惑い、ためらい、羞恥で紅く肌を染めたが、とろけるように気持ちが良くて何もわからなくなり、抗うことをすぐにあきらめたのだった。










「気分はどう?癒されてる?」

「…こんなにくつろいだのは初めてだよ」

「じゃ、ここはどんな感じ?」

「あっ!」

襟から手を入れて胸の蕾を摘んで揉むと、そこはぷっくりと膨らんで固くとがった。
期待通りの反応に気をよくしたものの、近衛はあっさりとそこを離れて今度は賀茂の手を取ると、指や手のひらをやさしく揉みしだき始める。

きわどい部分への愛撫をすぐに中断されて、賀茂は少し物足りなく思ったり、それをはしたなく感じて一人で頬を赤らめたりしていたが、その間にも近衛の指は肩を丸く撫でたり、脇腹を通ってから腿のあたりでちょっと遊んだりすると、ふくらはぎを丁寧に押しながら下へ下へと降りていった。

最後に足首をつかまれて、じんわりと伝わる熱にうっとりしていると、近衛は甲にちゅっと唇を押しつけてから、足の指を一本ずつ口に含んだ。

熱く濡れた粘膜にくるまれて、近衛の舌先が指の股をこじるように舐める度に、ぞくぞくっと不思議な痺れが腰に響いて、賀茂の口からは思わず「……ん…」と悩ましい喘ぎが洩れてくる。

唇を噛み締めようとすれば端から涎がこぼれてきて、こんな恥ずかしいことはもう我慢できないと、自分の足を咥えている顔を蹴り飛ばす決心をした瞬間、あたかもそれを悟ったように、近衛は名残惜しそうに指を解放して、今度は足の裏を甘噛みし始めたのだった。

驚きと押し寄せる快感とで、意味のある言葉を発する余裕などとてもなかったけれど、それでも賀茂は必死になって近衛を呼んだ。

「こ、近衛、…!」

「ん?なに?」

「そんなところ、穢れているから……」

「お前には穢れなんて微塵もねえよ」

「な、何を馬鹿なことを」

「俺、お前に触ってみてわかった。お前は澄ました顔してるけど、本当はあちこち痛くて辛いのに、自分のことは放っているんだ。きっとお前、自分が我慢してるってこともわからなくなってんだろ?」

「………」

「それに、…」

「それに…?」

「それにお前って、温めながら揉んでやると体がゆるんで柔らかくなって、どんどんあったかくなるんだぜ。触ってると気持ちいいし、すんげえ嬉しい」

「…そう、か」

「お前がやってくれたみたいに、ちょっと触れて一瞬で治すなんて技は俺にはとても無理だけど、このままじっくりと触らせて?どこもかしこも楽にしてやりたいんだ」

「それでは君が疲れてしまうよ」

「ううん、すっげえ楽しい!でも、できたら…」

「できたら?」

「もし俺に、やりたいようにこのままさせてくれるなら」

「うん」

「…全部脱がせちゃってもいい?」

「えっ…」

「なんか布があると邪魔でさぁ…」

近衛は賀茂の返事も待たずに、既に脱げかけていた単を剥ぎ取ってしまった。
そんなあられもない姿を、自分はしっかり着込んだ相手がにこにこ眺めているのが悔しくて、賀茂は近衛の烏帽子も払い落としてしまったが、金色の前髪が宙を舞って揺れるのが綺麗だとうっかり見とれている隙に、そっと抱き締められてしまったのだった。










近衛の手は、賀茂の肌の表面をやさしく撫でたかと思えば、次には深く大胆に探って快感を引き出そうと懸命だった。

そんなあからさまな意図も、相手が近衛だと思えば嬉しくはあったけれども、慣れない行為が恥ずかしくてたまらないので、せめて部屋を暗くして欲しいと賀茂は頼んだ。

「だ〜め。お前のきれいな体や可愛い顔が見えなくなっちゃうだろ?」

それなら自分ばかりを裸にせずに、近衛も同じ姿にと言えばすぐにいそいそと脱ぎ始めるのがまた直視できなくて、どうしたらいいのかわからずに途方に暮れていると、ふいに庭から一陣の風が吹き寄せてきて、あっさりと灯りを消してしまったのだった。

ふっつりと闇に包まれ、何も見えなくなったのを嘆いて近衛が「ずるいぞ」と呟くと、再び風が吹いてきて、今度は桜の花びらが二人の周囲を舞い始める。

月の光を宿した花にほのかに照らされた賀茂の肌が白く浮かび上がり、とめどなく降る花びらの雨に濡れて輝く……



薄闇に隠され、尽きることのない花に埋もれて安心したからだろうか…
賀茂は乱れに乱れて何度も白い露をこぼしては、それを恥じてまた放った。

快感を逃がそうと大きく開いた口の中にも花びらは降り注ぎ、すぐに溶けて喉を潤し……












こうして二人きりの夜は、桜の花に見守られながら甘く甘く過ぎていったのだった。










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まだ四月のうちにと、桜の話を書いてみました。
テーマは癒しのマッサージv

三月の末にあったチャットでお題を振られたように記憶しているのですが、こういう話で良かったのでしょうか…?

(2008年4月16日)